url: https://note.com/sizes/n/n774bd110cd29
title: "インターネット創作をするとなぜか就活の自己PRみたいなことをやってる現象|自由さ"
description: "退屈な人生 だらんとTwitterをやっていると、キテレツの再放送を見ている心持ちになる。 マスメディアが誰それが不倫しただとか自殺しただののニュースを流し込んで、その文脈に指定された“悪いもの”に向かって石を投げる。そうしたら倍々ゲームで別の“悪いもの”が吹き出てていくもんで、それにまた石を投げる。新しいニュースが来る。繰り返し。 猫も杓子も静岡のキテレツ地獄はごめん被りたいだろう。あいわかった。頑張って意識を磨いて、モテ側の人生に回ろう。であれば本質的に素晴らしくて刺激的な人生が手に入る。 「先生、ようこそ日本にお越しくださいました。わたくしあなたのスピーチを伺うのを非常に楽"
を読んで感じたことを記録……。
この人のノートおもしれ~(注:おもしろいは必ずしもpleasantを意味しない)と思いながら乱雑に読んでいたうちの一冊。一冊?noteの単位って何?枚?ウェブページをあらわす「単位」って思えば無くない?欠陥です。
ともあれダーガーに言及したり面白かったのだけど、最後のこの一節が気になった。
ぼんやりと俗世を見ていようか。悪意だけは仮面を被らない。
正確には読了時点ではまったく気にならなかったのだけど、数分立つとこれは欺瞞ではないかという気がしてきたのだ。
「悪意だけは仮面を被らない」というような言説はインターネット100選に入れていいくらい実はインターネッツ・シンキングにおいて代表的なものである。
つまり、善意が偽物であることは仍然ありえるが、発せられた悪意が偽物であることはありえないということです。言い換えると「悪意は必ず本音である」という図式になる。
これは実は私が近年debunkしようと試みている支配的思想のひとつである。言葉のナイフが必ずしも常に「本心」から出たものとは限らない。というより実際は半数以上は本心ではない気がしている。
大体の場合、それは対象へ攻撃したいという敵意を源泉としているわけではない。自己防衛本能が捻くれた形で発現したり、劣等感・嫉妬・寂しさなどなど自身にかかるデバフをmitigateせんとする試みの結果、「歪んで」発現したものである。よく通り魔の常套句に「誰でも良かった」というものがあるが、あれに近い。
実例をあげてみよう。私はmononokeというアーティストに悪意を抱いていた事がある。(『発現』という実行には移していない…はず)
これは彼の行動が自分の思い通りにならないことの裏返しである。彼の過去の作風を愛するが故に、それを土足で踏みつけ続けるような彼の近年の態度に辟易し、改善してほしかったのだ。いずれも私のエゴであるが、感情に支配した頭では気づきにくい。
さらに云えば、彼が自身のアートをマネタイズし始めたことは私の中のmononoke像と著しい解離を起こした。ここでmononokeを攻撃する場合、それはいわゆる5 stages of griefのbargainingの段階である。まずその乖離という現実を「否定」し、次にそれが現実とわかると「怒り」、次に現実を書き換えるべく「交渉」をする。bargainingは交渉・取引と訳すほかないのでわかりにくいが、これは自身にとっての損失を保証するためのあらゆる試みを指す。乖離を消すことが目的なら、mononokeをアーティストとして引退に追い込むというのもその手段の一つになりうる。
このようにして『悪意らしきもの』は発現される。しかし実際にはこれは「仮面」である。奥底にあるのは「自分を認めて」というチャイルディッシュな欲求であり、子供の「だだ」と同じである。この子供はmononokeが昔の作風を取り戻してくれれば別に攻撃する理由はないのだ。これを悪意と呼ぶなら、子供のだだも悪意である。そうではなく、これはただのimmaturity、『未熟』である。
「悪意が仮面を被る」というのがわかり易い例のひとつがこれだろう。
Quote
8月イチロー .344 出塁率.421 長打率.500 OPS.921
2 :風吹けば名無し@\(^o^)/[] 2015/08/13(木)22:06:23.72 ID:bt3Ez/z80.net
それでも打率二割五分くらいやろ?
もう首吊った方がええんちゃう?
6 :風吹けば名無し@\(^o^)/[] 2015/08/13(木) 22:07:47.74 ID:Tv9PrIVma.net
2
仮にイチローが首吊ったとして
それで君は幸せなの?
7 :風吹けば名無し@\(^o^)/[] 2015/08/13(木) 22:08:24.42 ID:bt3Ez/z80.net
6
ううんかなしい
「ううんかなしい」を引き出すまでは、2の悪意が仮面であることなど知る由もない。
英文にはin the heat of the momentという言葉がある。悪意が発現するのはだいたいin the heat of the momentだ。それは感情が本音のストッパーを外したのではない。相手を傷つけないようにしようとするあなたの『人格』を、感情が酩酊させ、ネガティブな感情を増幅させ、無理やり吐き出させたに過ぎない。
とどのつまり「なんかあった」んです、悪意を撒く人は。正常な状態はすべて仮面であり、デスゲームみたいに追い込まれた状態で発現するものが本性だという考え方はいささか歪だと私は思う。
心で産まれたクルードな感情に柔らかい衣を着せたり、静かに握り潰したりしているのもまた「心」以外の何者でもないはず。「正常な判断力」が働いている状態の出力こそが「本音」と呼ばるるに相応しいのではなかろうか。疑わしい人はしばらく日記をつけてみると良い。完全にプライベート(非公開)にして、感情の丈をすべて書き出すのだ。翌日になると、昨日書いたことが馬鹿らしくなっている。なんでこんなに怒っていたのかわからなくなったりするはず。それはその時の出力がin the heat of the momentだったからでしょう。
悪意を無理やり引き出して鬼の首を取ったように「本性」のラベルを付けたがる妖怪に惑わされるな。本性というのは追い込まれた時に出るのではない。自分でも気づかぬうちに、あるいは自分で隠しているつもりでも知らずに周りに伝わる「人となり」である。
無論本物の「悪意」というものもあるだろう。しかし多分みんなが思っているより多くのそれがin the heat of the momentの産物だ。100明晰な頭から出たものとして受け取る必要はない。ベロンベロンに酔っ払ってしかも39度の熱を出してるやつの言う事を真に受けるだろうか?
ちなみにインターネットに蔓延る言説の一種として「酒が人をアカンくするのではなく元々アカンということを暴く」みたいな事実無根の”悪意”に満ちた説があるが、これは誤りか、少なくとも過度な一般化といっていいだろう。検索すると「論文あり」「研究が証明」とまで出てくるが、日本のキュレーションメディアにおいて論文云々と書いてあるものの恐ろしい割合がバズ目的に都合のいい切り取りをしていたり、歪んだ解釈をしているので必ず一次ソースをたどることが大事です。いや本当に、信じがたいほど横行してるから。英語読めんやつが多いのを良いことに。
くだんのアルコール研究に関してはAlcohol, empathy, and morality: acute effects of alcohol consumption on affective empathy and moral decision-makingという論文が主に参照されるのだが、本体を読めばわかるように酒が個人の判断力に何の影響も及ぼさないとはまったく書かれていない。たとえば本文にはアルコールを摂取したグループのaffective empathy(人の感情を理解する能力)が下がり、結果に悪影響を及ぼしたという記述がある。また、別の論文ではアルコールがfear and disgust(恐怖と嫌悪感)の処理能力を下げることがわかっており、これがアルコール依存症患者の判断力に影響を及ぼしている可能性を示唆している。
あとこの論文はどちらかというと功利主義(utilitarianism)に焦点を置いており、トロッコ問題とかそういうレベルの倫理問題に対してアルコールの有無で「より功利主義的な回答をするか」という点を図っているのでその点からも前説の趣旨とまったくずれている。
一応論文執筆者のひとりも(https://theconversation.com/alcohol-really-is-no-excuse-for-bad-behaviour-research-reveals-youre-still-the-same-person-after-a-drink-122298)前説と同様の主張をしているが、この論文結果からこの結論はどう考えても導き出せない。トロリー問題への判定はモラルというよりは信念(belief)の問題であり、酒を呑んだキリスト教信者がいきなりキリストを放り出したりはしないようにbeliefに基づく決断が変わりようがないのは当たり前だからです。
トロリー問題を、紙面上で、しかもsober→drunkにしてもdrunk→soberにしても同じ問題を同一人物にやった検証結果と、居酒屋での対面の場での行いのクライテリアを同一視するのはあまりに乱暴。